
「同居」

「あー、またやっちゃったよ」
棚の後ろに転がっていった小銭を回収しようと、棚をどかしたら、豆たぬきがくつろいでいた。
小さなテーブルに小さなカップを置いて、中身はただの水のようだがどうやって用意したのか不思議だ。
他にも、ミニチュアサイズの家具が置かれている。

豆たぬきはというと、ブルブルと震えながら観念したと言った様子で荷物をまとめ始めた。
「すみませんし…すぐ出て行くし…」
「ビックリしただけだから、気にしなくていいよ」
咎める必要もないと思った。別に今まで被害があったわけでもないし。
そもそも、今この瞬間まで気がつかなかったのだ。
座敷童子とか妖精みたいなもんだと思うことにした。
「ありがとうだし…」
5〜6センチほどの大きさしかない豆たぬきは、うっすらと涙を浮かべておじぎした。



ここの家主は、考え事をしながら歩き回る人でした。
何かをすると同時に動いたり、
忙しい時は立ってご飯を食べるので、
食べこぼしなどが落ちている事があります。
おかげで、それを掃除も兼ねていただくことで(放っておくと害虫が発生し豆たぬきの命に関わる)今までひっそりと生きてこられたのですが。
ご飯をよそう際に落ちてカピカピになったお米などは、豆たぬきにとってこの家での主食のようなものでした。
ところが見つかって以来、気を遣ってくれているのか
食べていたものを分けてくれるようになりました。


こうして、奇妙な同居生活が始まりました。
食事を分ける以外、家主はなるべくは干渉しないつもりでしたが、
「せめて、お役に立ちたいし…」
この豆たぬきからすれば、外敵や雨風をしのげる家に居させてもらえるだけで、ありがたいと考えていました。
これまでも気付かれない程度にこっそりと家を綺麗にしていましたが、それをより懸命にやるようになりました。
大きな物を動かしたり整頓したりは無理ですが、目立たない箇所の埃やコンセント周りなどはこちらの命にも関わってくるので、こまめな掃除を心がけていました。
家主が元々意識していない場所なので、そもそも汚れているかどうかも気に留めていませんでしたが。



「あれ？自転車の鍵どこ行った？」
出かける時間になって、バタバタと慌てて歩き回る音と、家主の声が聞こえてきて、豆たぬきは視線の先に銀色の鍵を見つけました。
両手で押して、棚の下の隙間から現れます。
「あの…落ちてましたし」
「おー！ありがとう。探してたんだよ」
「小物入れなどを用意して置き場所を決めるのをオススメしますし…」
家主は、本当に座敷童子とか妖精みたいだなと思いました。
ずっと独りが長かったためか、豆たぬきにできればずっといて欲しいと考え始めていました。
今も助けてもらったし、誰かの存在を感じるだけで、何となく生活に張りを得たような気持ちです。
男は、思いきって豆たぬきに自分の考えを伝えることにしました。


「ご覧の通り、男の独り暮らしであまり綺麗とは言えない家だし、仕事の時は家にいない時間も長い。
週末に掃除はするが、行き届いていると言えないのは少しは住んでいた君も承知しているだろう。
1日1回、僕の手が届かないところを掃除してくれると助かるんだ。
それが君の家賃代わり。こちらは報酬としてクッキー1枚と、この家のスペースを提供しよう」
お互いに無理のない条件で、一緒に住まないかと提案してみた。
きっちりしていた方が、遠慮なく住めると思ったからだ。
説明が長くなったが、豆たぬきは静かに、噛み締めるように頷いて聞いていた。
「こちらとしてはありがたいお話ですし…
　でもクッキー1枚も食べられないですし…」
「随分省エネなんだなぁ。じゃ、何か小さなお菓子とか野菜の切れ端を渡すようにするよ」
「がんばりますし…よろしくお願いしますし…」


「たぬきっちー、どこー？」
おそらく自分のことだと思い、豆たぬきが隙間から這い出てくる。
「どうもですし…何ですしその呼び方…、」
「ああ、声に出てたか。“借り暮らしのたぬきっちー”。頭の中で君をそう呼んでたのを、つい口に出しちゃったみたいだ」
男は豆たぬきのことを、心の中では昔見た映画にちなんで、そう呼んでいました。
あまりセンスがよくない家主でしたが、
「たぬきをそんな風に呼ぶのはじめて聞きましたし…おもしろいですし…」
「えっそう？照れるなぁ」
豆たぬきは、お世辞ができるたぬきでした。
あるいは、野生では絶対生きられない自分は家の人に上手く取り入らなければならないと、理解しているからかもしれませんでした。

「それで、どうかしましたし…？」
「これ、僕は好きなんだけどたぬきっちーも食べられるかなと思って」
差し出されたのは、クマの形をした固いグミでした。
「ありがとうございますし…！たぬきもこれ大好きですし…！」
ベアルフくんを食べるみたいで、本当はあんまり好きではありませんでしたが、豆たぬきはお世辞ができるたぬきだったので、ありがたく頂く事にしました。


豆たぬきはこれ以上大きくなれない代わりに身体の密度が高く、
見た目よりは頑丈で、特殊な能力も備えていました。
モチっとした肌に力を込めればひっつき、力を抜けば離れます。
こうしてちょっとずつ移動して、高いところにも到達できるのでした。
この頭上にある黄緑のがんばりゲージが続く限りは登れるし…減ってきたら休憩すれば戻るし…これを繰り返して壁やイスを移動するし…。
たぬきは誰に説明してるんだし…長い独り言だし…。
ただし、壁に張り付いて移動していると茶色い体毛のせいでアレと間違われてスリッパで叩き潰されるので、皆あまりやりたがりません。

余談ですが、この原理を利用して、たぬきは手で物を持っているのでした。

また、全身をうまく脱力し、伏せた姿勢でお尻を突き上げてしっぽのみに注力すれば、
短時間ですがヘリコプターやドローンのように飛ぶことが可能でした。
ぶぅぅぅん、という風を切る音のわりに速度は緩やかなので、
やはりアレと間違えられて駆除されてしまう危険が大きすぎるため、人前では基本的に使いません。


ある日、“たぬきっちー”と呼ばれる豆たぬきは
テーブルの上に上がった後、拭き掃除用のハンカチを使って、
ホコリや小さなゴミを集め、テーブルの下にあるゴミ箱へと落としていました。
ふぅ…今日もいい仕事をしたし。
そう思って、額の汗を拭った“たぬきっちー”の後頭部に衝撃が走ります。
「ﾀﾞﾇｯ…ｯ！？」
凶行に走った何者かは、殴られ昏倒した“たぬきっちー”を、ハンカチで包み込み、そのままテーブルの下目掛けて突き落としました。
落ちた先には、スーパーの袋が敷かれたゴミ箱。
“たぬきっちー”は、真っ逆さまにゴミ箱へと落ちてしまいました。
衝撃で目を覚まし、ジタバタと身をよじらせますが、高所から突き落とされたダメージと、ハンカチに包まれているせいでうまく動けません。
その上から“たぬきっちー”の存在を覆い隠すように、テーブルの上から様々なゴミが落とされます。
「ｷｭ…ｷｭｩ…」
小さすぎる悲鳴は、仕事に出掛けている家主には届きませんでした。


「これでいいし…これぐらい念入りにやっとけばもう出てこれないし…ししし…」
突き落とした誰かの正体は、
近所でポップした豆たぬきでした。
一緒に生まれた姉妹は早速カラスの餌食になり、命からがら逃げ出した後、家主が帰宅する際に開いたドアにタイミングよく入り込み、しばらくの間、観察していたのでした。
警戒心がない人間と豆たぬきの、平和な生活を。
そうして、家主が留守の間に、豆たぬきが机の上のゴミを片付ける習慣があることに気がつきました。
そこを狙えば、簡単にあの豆たぬきを始末できる。
そして帰宅した家主は、愛すべき同居たぬきを気づかずゴミとして出してしまいました。
もっとも、その頃には“たぬきっちー”は事切れていて、自分がどのような終わりを迎えたかは知る由もなかったのですが。
「ししし！これでアイツの生活そっくりイタダキだし！」
成り代わりを狙う豆たぬきは、笑いが止まりませんでした。


「最近たぬきっちー見かけないな…」
考え事をしながら、歩き回っていると。
豆たぬきが、足元にトテトテと近寄ってくるのが見えました。
なんだかえらく無警戒で危なっかしく、
偶然気づかなければ、踏みつけてしまいそうでした。
「こんちわーし♪」
「お、なんだいたのか。これ、君の好きなやつ」
クマの形をしたグミを差し出され、豆たぬきはキョトンとしました。
何これ。続けて、豆たぬきは首を傾げます。
「君の好きなハリボーだよ？」
ふーん。別に好きじゃないけど。
もらえるものは、なんでもいただきまーし♪
モチャモチャと食べながら、豆たぬきは言いました。
「優しいヒトで、よかったし！」
「ん…？まるで初めて来たみたいだな…変なの…」

親愛なるたぬきっちーに成り代わって、別の豆たぬきが住み着いていたことに、家主は気付きませんでした。
豆たぬきの微細な差など、見た目だけではわかりません。

「ねぇ、たぬきっちー」
呼ばれた豆たぬきはというと、他に誰かいるのかと警戒しながら、周囲を見渡しています。
「どうしたの、たぬきっちー」
覗き込まれ、ようやく自分の事だと理解した豆たぬきは、
「えっ何そのダサい呼び方…勘弁してし！」
「ええ…？」
この家主は、正直センスがない人です。
ウケたと思って何度もやってしまって呆れられるタイプの人でした。
決して悪い人ではないのですが、なんか違うなこの人、と印象を持たれる事が多いのでした。
あの謙虚で慎ましい豆たぬきでなければ、上手くやっていくのは難しい、そんな人間でした。
豆たぬきも、今まで隠れて我慢していた分を取り戻そうと意地汚くなっていたので、余計に両者のズレはひどくなっていきました。

「聞いてし聞いてし！クッキー、もっとほしいし！」
両手をぱたぱたさせて、豆たぬきの要求は止まりません。
「あれ？そんな大食らいだっけ」
「うぐ…たぬきは育ち盛りですし！」
「君って見た目は小さいけど中身は大人だからもう育たないんじゃなかったっけ…？
「気のせいですし！」
「気のせいかぁ」
ちょくちょく、危ない場面がありましたが、
部屋の散らかりようから小さい事を気にしない家主だったので、バレずに済んでいました。
それでも、わずかな違和感は拭いきれませんでした。

「最近、掃除が滞ってないかい？体調でも悪いの？」
「…？たぬきはいつも元気だし！」
「ならいいんだけど。家賃がわりに掃除してくれるって約束だったろう？」
「何それし…」
考えもしなかったことを要求され、豆たぬきは露骨に嫌な顔をしました。
「え、知らない…？」
「知りませんし！たぬきに聞かないでし！」
と、ここまで言って、
あ、ちょっとヤバいかも。
楽観的な成り代わり豆たぬきも、流石に取り繕いました。
「まあ、いいけどし、それぐらいやるし！」


どうせ見えないところだし。
ある程度やったフリして、終わったし！て言うし。
はーマヌケな豆たぬきが余計な約束したせいでめんどくさい事しなきゃならないし！
でもあの人間もマヌケそうだから適当にやったってバレやしないし！
たぬきは一生ここで暮らすし！ししし！



家主はずっと考えていました。
部屋の中をぐるぐると歩き回り、とにかく落ち着かない様子でした。
たぬきっちーはどうしたというのだろう。
まるで人ならぬ、たぬきが変わったように別たぬに感じられました。
ただ、人間でも馴れ合いの関係になってしまえば何でもなぁなぁに済ませてしまうようになる事もあります。
そういう時期に入ったのかもしれないと、家主は自分に言い聞かせていました。
けど困る事がひとつ。
我が家のようにくつろいでくれるのは構わないし、自由に過ごしてくれればいいのだけど、
以前より堂々と、部屋の中を横断して走り回る事が多くなっているのです。
うっかり踏んづけてしまわないよう、話し合う必要がありました。
考え事をする時は、いつも脳のエネルギー源として口にしているクッキーを溢していることに気付かず、家主はどうやって説明するかに頭を悩ませていました。
まず、落ち着いて話し合える場を設けなければ。うーん、なんて言おうかな…。

「あっ！お菓子のカケラ落ちてるし！
いただきま

「声をかけようにも、最近のたぬきっちーはやたらうろちょろするんだ『ｷﾞｭﾑｩ』もんな…ん？」
スリッパ越しに、何か柔らかいものを踏んだ感触がする。

ひしゃげ、ピクピク震える手が見えた。
明らかに、もちっとした何かが平べったくなっている感触。
あっ…。
今踏んだのって、もしかして。



オワリ




(おまけで、即死じゃなかったルートですし…
最初の豆たぬきがこれで死ぬ予定だったけど
慎ましさを押し出したらこの死に方が合わないので図々しい奴にこうなってもらったし…)


誰がどう見てもダメだったのに、豆たぬきは驚異的な生命力で生きていました。
精神的に図太かったので、身体の構造も図太かったようでした。
けれど、誰がどう見てもダメだったので、
家主は自分が同居たぬきを殺してしまった事実を受け入れきれず、ショックのあまりゴミ箱に捨ててしまいました。
たぬきを守る法律は無いので罪に問われるわけではないのですが、
あまりの事に混乱し、隠蔽しようとする気持ちが働いてしまいました。
「ごめんよ…本当はお墓建ててあげればいいんだけど、うち賃貸だし埋める所ないから…せめて毎日、君の好きだったハリボーをお供えするよ…」



いたた…痛いし…ここどこだし…。
手足はひしゃげても、密度の高い体は豆たぬきの命を生き長らえさせていました。
が、動かそうとするたびに痛みが走るので、なかなか思い通りに移動できません。
豆たぬきは、目の前の半透明の膜に光が差し込む様子から、家の外にいる事に気がつきました。
やがて、朝焼けの光と共に、人間の姿が見えました。
逆光で、細かい部分はよく見えませんでしたが、あの家主に違いないと豆たぬきは喜びました。

あっ助けに来てくれたし…♪
もー！遅いし！
あれ？そっちはお家じゃないし…。

豆たぬきは、袋の中でジタバタもできないまま、
そのままゴミステーションから収集車へと、運ばれていってしまいました。
行き先は、自分が突き落とした豆たぬきが運ばれていった所と同じ、クリーンセンターでした。

オワリ